集団の経験

インラインスピードスケートでチャンピオンを目指す。それは体力が有り、テクニックが有り、スピードが有るのは当たり前です。その他、駆け引きとはよく言われる要素ですが、大人数の集団でのレースのさばき方が非常に重要になります。
ただ、残念ながら日本の選手には大人数でのレースが得意な選手はいません。それもそうでしょう、、経験がほとんど無いからです。
他国では数十人の同レベル帯の選手が狭いリンクでしのぎを削り、または数百人の大集団でマラソンを定期的に滑っています。日本は?少人数のレースを年に数回ですね。

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実は私は集団レースのポジションを変え、奪う、奪われないようにするのが日本の中では得意でした。実はその理由はクアッド時代に有ります。
クアッド時代、レース展開は非常にスローでした。1万mの日本記録は19分台で時には歩くようなスピードでレースをし、時折アタックがかかりスピードが無い選手が徐々に振り落とされていくのが一般的な展開でした。

92ikedaクアッド時代。。1992年。

1万m19分台、、これだけ聞くとまるでレベルが低いように聞こえますが300mの日本記録は高萩さんの27秒台で2位以下の選手も27、28秒台で滑る力が有りました。2部の300m優勝タイムも現在とあまり変わらず29秒台か30秒台前半。現在の道具の進化と比べればこのタイムがどれくらい速いか想像できると思います。つまり当時の中長距離はラストのスプリントを重視した展開だったのです。

二部参加選手が約40名。レース展開が遅い分、集団は凝縮され横に2、3列になります。レベル差がある選手も第一集団の中でエリミネートされないようにポジションを次へ次へと変えていきます。
当時、2部で一番大きなラインを作れたのが、現在専門委員の鳥取さんや代表コーチの大谷さんが所属する近畿大学。私は当時中学生だったのですが大学生の上位陣に割って入ろうとポジションを奪い、奪い返され、ポジション取りのスキルが鍛えられていきました。
当時はホッケーも並行して行っている選手が私も含め大半で、急加速、トリッキーな動きや、ある程度のぶつかり合いにも慣れていたと思います。(基本ローラーホッケーにはコンタクトプレイは有りませんが、それなりにぶつかり合いも有ります)

scan3-003写真は99年世界選手権の様子。2番手が風巻。先頭付近にアジア選手が固まりました。

しかし、インラインスケートに代わりレース展開がガラリと変わります。
ハイペース化になりスタート直後に少人数に絞られてしまいます。小回りもクアッドよりは利かなくなり、インラインスケートだけを専門とする選手が上位を占めるようになります。
もちろんポジションの奪い合いがすべて無くなったわけではないのですが、40人参加選手全員がポジション取り合いをするような展開はインラインスケート以降、日本ではできなくなってしまいました。

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しかし、スケート人口が多い海外ではハイペース化とポジションの奪い合いは両立していました。写真は1995年、世界選手権。3番手が私です。16歳ですが当時はシニアカテゴリーしかありませんでした。1万m16分台だったと記憶しています。またほぼ全員の選手がインラインに慣れていない頃で、95年と96年の平均ペースはかなり違った記憶があります。96年ロード1万mのタイムは14分台でした。

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当時、弟の草太も中高生。ほぼ同じ実力で、国内のサシでの戦いでは負ける率の方がむしろ多かったのですが、海外の大人数レースになると私の成績の方が良かったです。私の場合は2部での集団経験やポジションの奪いあい経験が合ったため、レースの荒い南米選手らともそれなりに渡り合うことができました。
弟はクアッドで2部の大人数競技経験をしないまま、インラインスケートに変わった初年度で1部に昇格し、そのままスピードと体力のみで国内上位になり、代表入りしました。
そして集団での争い経験が無いまま世界選手権に出場し、体の大きい外国人と争うことができず実力を発揮しきれなかったのかと思います。。
狭いリンクで40名の戦いをしたことが無い、現在の日本トップ選手もほぼ同じ状況と言えるでしょう。クアッド時代の日本選手はトップスピードと集団での駆け引きに長けていて、インライン以降の日本選手は巡航スピードと持久力に長けているという傾向が有ると思います。

写真は98年15000mポイントエリミ。集団後方ではなく前半にポジション取りが成功した大会で、この種目は13位でした。

遅めの新年会

 

今日は市議会議員で松戸市インラインスケート協会会長の渋谷つよし後援会新年会が行われ、我々スケーターもちょっと遅めな新年会をしてきました。
会長自身もインラインスケートをし、スピードスケートも持ってます(^_^)v
来年度には松戸市でもイベントが企画されていて、私たちも準備していこうと思います!

受け継がれていくもの

今日の江戸川練習は一般開放時間で須賀啓太さんと一緒になりました。彼はレースから離れて数シーズン経ち子供たちの指導にあたっていますが、滑りや体型を見る限り、まだ日本で5本の指に入ってもおかしくないスピードを持っている事でしょう。

須賀さんが小中学生の頃、同じ千葉県内という事もあり彼を教えたり合宿に連れて行った事もあります。今日はカザックスの津端選手に江戸川バンク攻略のアドバイスをしてくれました。
また、私にインラインのイロハを教えてくれた高萩さんともお話する機会がありました。
こうやって様々な形で日本のスケートが受け継がれ進化していくんですね

国際交流 エリミネーションレース

松戸インラインカップにはタイム制限が有る方式のエリミネーションレースを行いますが、通常ルールのエリミネーションも行われました。

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距離は参加人数で行われたので1万m弱、タイム制限は無しですがブレイクアウェイは無しで行きましょうという紳士協定的なルールで行われました。
ブレイクアウェイが成立してしまうと逃げる方、追う方で耐久レース化してしまいます。それはそれで良い経験なのですが、今回は日本では中々体験できないエリミネーションを選手に体験してもらいました。

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台湾選手と松戸選手では体力的な実力差ももちろんあるのですが、このような形式のレースになると経験差が大きく出ます。
気が付くといつの間にか後方へ追いやられ、エリミネートにならない為にゴール前でダッシュをし、そのうち体力が尽きて自分よりも下の実力の選手にも負けてしまう。現在の日本代表と同じような展開になってしまいました。
それも仕方の無い話で、こんなに実力が均衡した大人数でのエリミネーションは初体験だったかもしれません。現在の日本にはエリミネーションレースができるレースが有りません。仮にその様な場は有りませんし、場が有っても残念ながら選手は参加して来ないでしょうね。そんな状況です。

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加藤君、最後の直線で追い込んでスピードが明らかにありましたが、足が残ってしまいエリミネートされてしまいました。最終的に5名まで残りますが加藤君はラスト二人の7位でエリミネート。彼がエリミネートされた後は台湾選手の緊張感も無くなり消化レースとなりました。
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松戸ニューイヤーカップ 交流試合の経験値

今大会は国際交流戦。誰が優勝して、誰が良い記録を出して、表彰台に乗ったという事を重きに置いていません。次世代の選手たちが新たな経験を通して何かを掴んで貰いたいという狙いがあります。

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台湾側の選手は、言葉が全く通じないアウェイの場所。言葉が通じる中華圏の試合とは異なり食事や生活習慣も異なります。いつもできる事ができなくなります。気の弱い子だったらトイレの場所も聞きにいけないなんて事も有るかもしれません。競技スタート時間やタイミングもイマイチ分からず、なんとなく流れに流されてしまったら実力を発揮できなかった。海外で競技をするという事は、そんな「つまらない事」に引っかかってしまいがちです。
台湾に比べるとかなり寒いですし、食事の味付けや香りも異なりストレスも溜まっていきます。
そんなストレスが、もしも初めて重要大会で当たった時に選手は対応できないでしょう。今大会は日本選手の多くが彼らより格下の選手で勝敗は大きく影響しない大会。つまり失敗した経験を積める場だったのです。

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2014年夏、日本代表の約半数を連れ台湾合宿に行きました。合宿のテーマはバンクトラック攻略とスピードアップでしたが、実はもう一つ大きなテーマが有りました。
アウェイの環境に慣れさせる、海外のストレスに慣れさせることです。これはスピードがついた、体力がついたのと違い目に見えない部分です。
ハードな練習でどんなに疲れて食欲が無くてもある程度の量を食べさせ、自分のタイミングで滑りたい時にも自由勝手には滑らせず時間内だけにしました。試合で栄養が無いのは致命的ですし、具合も悪くなってしまいます。滑りたがる選手を止めさせた理由はいつくかあるのですが、一つは試合では自分の好きな時間に自由には滑る事ができないからです。

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3週間で4試合したのですが細かく情報を与える試合と、全くアドバイスをしない試合を作りました。ある試合ではウォームアップ時間、食事のとり方にも指示し、出番前何分くらい、ラップタイムなどの細かい情報を与えました。結果、全体的に成績が良かったです。
次の試合では大まかなスケジュールとウォームアップだけ伝え選手任せにしましたが、多くの選手は結果を大きく落としてしまいます。
レース後、種明かしをしました。対戦相手がほぼ同じなのに成績を落としてしまったのは多くの選手が適当な時間に食事をとったりウォームアップをし、なんとなく流されて試合に臨んでいたのです。暑いのにしっかり休もうとせず外で待ち続ける選手、そろそろ試合が始まるというのにのんびりとしている選手もいました。
次の日の高雄での練習試合では、前日の反省を踏まえ完全自己管理で試合に臨み成績を持ち直しました。
1か月後のアジア選手権を睨んでいたからです。他国と違い日本は代表スタッフが少なく、自己管理が非常に重要になってきます。ご飯が食べられない、海外でウキウキして寝れない、、そんなつまらない事でつまずいて欲しくなかったのです。
台湾での自己管理の失敗と成功の体験を繰り返しが、2014年アジア選手権のメダルラッシュの一因となったはずです。

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(ちなみにアジア選手権金メダルの岡部選手の自己管理はもともと良かったですね♪食事の量、アップ時間、休む時は休むができていました)
過去ブログ アジア選手権を終えて https://daiskating.wordpress.com/2014/09/28/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9%E3%82%92%E7%B5%82%E3%81%88%E3%81%A6/
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経験を積むという事は、いちいち気を付けている事さえ忘れてしまうくらい「普通の状態」に持っていくことです。
台湾は既に世界トップ3のインラインスピード強国。練習も試合もほとんど国内、、いや、自分のチーム内で済んでしまう筈です。なぜ、わざわざ他国に経験を積みに行くのか?これこそが台湾の強さの秘訣なのかもしれません。

松戸ニューイヤーカップ 3ラップ

最近は世界選手権などの競技大会でも距離を決めずに周回で行う形式が増えてきました。
ロードのコースは場所によって距離や形が異なる為です。
3ラップは松戸中央自動車学校の場合912m。約1000mを想定して種目を作りました。

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300mの順位で3周レースの組み分けを作りました。予選3組、上位1位とタイム上位5名の計8名をA決勝。9から16位をB決勝。以下をC決勝に振り分けました。

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300m1位の林選手が体調不良で予選に遅れ滑れず失格。全体2位の成績だった柔選手はコーチの為3周は体力が持たずB決勝へ。その他選手はほぼ順当な成績でA決勝に駒を進めました。B決勝も8名の予定でしたが、タイム差が大きい小学生らをC決勝にまとめ、タイム差が近い16位以下の選手数名をB決勝にまとめました。公式競技ではなく交流戦なのでその辺は臨機応変にしています。

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日本は加藤優弥選手と寺下啓選手がA決勝進出。寺下選手は調子が悪いので加藤選手が孤立奮闘です。
比較的スローなスピードでスタートですが、決して遅いわけではありません。
先頭付近に寺下選手、加藤選手がいい位置につけますが、ポジションを少しずつ奪われてしまいます。
後半になるとスピードが上がり抜ききれず加藤選手は4位。寺下選手は調子が悪いのと前半先頭を引き体力がつき大きく離されてゴール。
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優勝は全荘子辰選手。台湾の原住民をルーツに持つ選手でこの世代では台湾の1,2位を争う選手です。
正直言うと今大会、それほど気合は入っていませんでしたが、時折見せるスピードは凄かった!
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レース中ユウヤが出てくると選手たちが警戒している感はありました。ただ、ポジションを取り返すまでには至らないですね。もっと経験が必要でしょう。

松戸エリミネーションレース

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エリミネーションレースというのは規定の周回で最下位になった選手がその時点で失格となってしまうレースです。
しかしある程度、レベルが同じにならないとレースが成立しません。というのは上位選手のスピードが速すぎるとエリミネーションが発生する前に集団がバラバラになってしまい、あっという間に最少人数になってしまいます。
残念ながら現在の日本ではエリミネーションレースが成立ができないほど、選手のレベルに差が出てしまいます。

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松戸エリミネーションレースとは、タイム上限を決めたエリミネーションレースで私、風巻大翼が考案したレース方式です。通常は一番後ろの選手のみがエリミネートされてしまうのですが、上限タイムを超えるた場合は先頭の選手がエリミネートされてしまいます。
タイム上限を超えない場合は、通常のエリミネーションレースと同じように一番後ろの選手がエリミネートされます。
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今回のレースではスタートから5周目までは初心者が楽しめる程度のスピード設定にして、5周以降からは中級者が、残り15人、残り10人、残り5人と次々にスピード設定を上げていき、残りの二人でタイム上限を無くしました。
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まず、この日本で大人数でレースできる機会が有りません。今回の交流会は実戦経験には最適のレースでした。約20人の10代の台湾選手らが参加し我々ともレベルがマッチしていました。
よく「世界を目指す」という言葉を耳にします。しかし、ある程度速くて上手くて体力があっても、レースができなかったら残念ながら世界には通用しません。日本の選手の多くが先頭もしくは一番後ろしかポジションを取れず、大人数の国際大会で苦戦を強いられています。実戦経験については私が代表の頃からなので、かなり長い期間同じ主張をしているのですが、なかなか理解してもらえないんですよね。
そして、レベルが上がりきってから実戦経験を身に付けなおすのも難しいんですよ。自分は速くなってしまっているので、スピードがマッチするトッププレーヤーとの闘いになると多くの選手がボコボコにやられてしまうんですよ。例えるなら総合格闘技に立ち技の選手が挑戦して寝技にほとんど対応できないような、、いや、逆に打撃に対応できない寝技の選手に近いような、、?
だからと言って自分よりはるかに弱い選手と戦っても簡単に勝てるので、経験値が上がりにくいのです。
そのような意味でも、今回の国際交流は発展途上の選手同士の戦いなので、年齢、スピード、体力がかみ合いよい実戦経験になるのです。
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下が結果表。time limitが一周毎の上限タイムです。このレベルの選手の場合31秒上限タイムになるとあまりタイム上限を気にする必要は無くなります。200mリンクの20秒程度に相当するスピードです。
34秒リミット時に一人タイム上限を超えてしまいしまいました。
ちなみに実戦のラップ20秒は練習の一定したスピードとは違うので体感は速くなります。

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松戸エリミネーションレースが最初の種目として行われました。レクレーション色も強いので幼稚園児の子供らも含めて和気あいあいと始まったのですが、残り15人からは徐々に本格的レースに。残り10人にもなるとスピードの上下が激しくなるエリミネーションらしい展開になります。これが日本ではほとんど経験できない部分なんですよね。
そして、残り3名のところで加藤君がエリミネート。フィニッシュラインで足を振り上げてしまい、体は前にあったのですが足が線の後ろに残ってしまったのが事が原因でした。もしかすると1位を狙えたかもしれません。残念ですがこれも経験でしょう。

日台国際交流松戸インラインニューイヤーカップ2017 300m

1月2日に行われた松戸インラインカップ。日本と台湾の国際交流試合20周年の記念大会となりました。

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12月31日から1月4日まで、松戸市体育協会の支援のもとで国際交流が行われました。
既に国際試合等で面識はあったのですが、お互いの国を行き来し交流を始めたのは丁度20年前の1997年一月..渡良瀬で行われたフルマラソン大会に参加するために来日したのがきっかけでした。
僕がまだ高校3年生。当時はインターネットも無い時代でお互い英語も何もできないのに身振り手振り筆談で交流が始まりました。
ファックスや値段の高い国際電話でやり取りをしながら、ドキドキハラハラの冒険の連続でしたね。

300mの部

予選と人数が多いカテゴリーは順位を決めるために決勝戦も行いました。15歳までのジュニア男子と15歳以上のシニア男子の部に参加者が多いため、各組上位6名を決勝進出としました。

 

300m、28秒6で予選タイム全体の1位だった加藤優弥選手。中学校一年生です。自動車学校のカーブはかなりきつくスピード感はあるのですがタイムは出にくいコースです。
世界トップクラスのウィリーで25秒90。高速リンクに比べ1秒半くらいは遅くなりそうです。
決勝では28秒3とさらに記録を伸ばしてきました。
28秒3という記録は2012年12月末に同じ場所、ほぼ同じ時期気候で開催された日本台湾交流試合で、当時高校1年生の日本チャンプ、栃木の加藤勝己選手が出した28,28秒のタイムと同基準の記録です。
300mならば中学校1年生にして2012年の日本チャンピオン並みまで実力を上げてきました。
ただ、2017年の日本のレベルは当時よりも上がっているので、もう1秒から1、5秒タイムを伸ばさなければチャンピオンにはなれないでしょう。

先日、松戸市内の合計6000人以上参加する、ローカルながら規模はなかなか大きなマラソン大会に参加。中学の3kmの部で出走した加藤選手は二位以下を大きく離し優勝確実でした。しかし誘導ボランティアが間違ったコースを案内していまうミスで遠回りしてしまった結果、準優勝となりました。残念、、!

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彼も300m自己ベストを25秒台で滑る事ができる中学生ですが、イマイチ記録が伸びず29秒台でした。
写真は練習中の風景です。

この日、シニアを含めて一番記録が良かった選手です。28秒03.
13歳にして25秒前半が自己ベストです。体格も良く今後国際舞台で活躍しそうな選手の一人です。

そして、この日全体で二番目に速かったのがコーチとして来日したはずの選手!
我々コーチも選手として参加したのですが、28秒1というタイムでシニアクラスで優勝、全体で2位の成績でした。
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予選は靴紐を結ばず滑り29秒台。決勝はちゃんと紐を結びましたがスキンスーツが小さくて入らずTシャツで滑走しました。
このスポーツ、昔の貯金があると言えど、まったく練習をしていない人が久々に滑ってもかなりのパフォーマンスを発揮できるんですよね。
彼も丁度20年前の1月に行われた渡良瀬のマラソン大会に参加していました。当時はまだ中学生。今回の国際交流で来日した生徒たちと同じくらいの頃でした。

カザックスの6歳以下の選手たちを熱心に教えてくれました。謝謝!

300mの結果

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元祖inline to ice 銀メダル獲得!

46歳元祖inline to ice K.C. Boutiette!
アイススケートワールドカップの長野ステージ、マススタートの部決勝に進出した16名中8名がインライン出身選手でした。
ツイッターで特筆すべきは46歳のKCブーティエットと紹介したのですが、 なんと銀メダルを獲得しました!

1998年の長野オリンピック出場の選手で、1994 1998 2002 2006年の4度のオリンピックに出場しています。
恐らく史上初のインライン→アイス転向選手で、この人がいなければ後のデレク パラ、そしてチャド ヘドリックのオリンピック金メダルは無かった、、ひいては現在活躍しているインライン出身アイススケート選手の活躍は無かったかもしれません。

そんな伝説の男K.C.ブーティエットが、現役スーパーヒーローのジョーイ、バルト、ピーター、アレキシ、ファビオと同じ舞台で戦い銀メダルを獲得しました!
きっと2018平昌オリンピックも狙ってる事でしょう!

 

5/21と5/22 長良川講習会

5月22日、日曜は長良川でスピード講習会を行います。
更に前日21日も13時から15時まで、スケートブーツを履かないでフォームのレッスンを行います。
5月22日本レッスン前に受けておくと、更に理解度が深まりますし、22日来られない方も参考になると思います。
21日のレッスン料は当日、なにかお買いものしてください♪
小物から取り揃えております。

http://www.inlineskate.or.jp/160522speed_fit.htm